月 日なまえ __________
日清・日露戦争と近代産業
次の問いに答えなさい。
1894年、朝鮮で起こった農民の反乱をきっかけに始まった、日本と清との戦争を何というか。
こたえ
日清戦争の講和条約を何というか。
こたえ
下関条約のあと、ロシア・フランス・ドイツが日本に遼東半島を清へ返すよう求めたできごとを何というか。
こたえ
日清戦争の賠償金の一部を使って、福岡県につくられた官営の製鉄所を何というか。
こたえ
1902年、ロシアに対抗するために日本がイギリスと結んだ同盟を何というか。
こたえ
1904年に始まった、日本とロシアとの戦争を何というか。
こたえ
日露戦争の講和条約を何というか。
こたえ
日露戦争に出征した弟を思い、「君死にたまふことなかれ」という詩を発表した人物はだれか。
こたえ
1910年、日本が韓国を植民地にしたことを何というか。
こたえ
足尾銅山の鉱毒問題で、被害を受けた人々の救済を訴えた衆議院議員はだれか。
こたえ
解答・解説
答え:日清戦争
きっかけとなった反乱を甲午農民戦争といいます。
答え:下関条約
清は朝鮮の独立を認め、遼東半島・台湾などを日本にゆずりました。
答え:三国干渉
日本はこれを受け入れ、ロシアへの対抗心が高まりました。
答え:八幡製鉄所
1901年に操業を始め、重工業発展の基礎となりました。
答え:日英同盟
日露戦争の前に結ばれました。
答え:日露戦争
アメリカの仲介で講和しました。
答え:ポーツマス条約
賠償金がとれなかったため、国内では不満が高まりました。
答え:与謝野晶子
戦争に反対する気持ちをうたいました。
答え:韓国併合
朝鮮総督府を置いて支配しました。
答え:田中正造
日本の公害問題の原点といわれます。
おうちの方へ:日清戦争(1894年)→ 下関条約 → 三国干渉 → 日英同盟(1902年)→ 日露戦争(1904年)→ ポーツマス条約、という流れを、原因と結果のつながりで整理しましょう。
おうちの方へ
日清戦争(1894年)→ 下関条約 → 三国干渉 → 日英同盟(1902年)→ 日露戦争(1904年)→ ポーツマス条約、という流れを、原因と結果のつながりで整理しましょう。
印刷すると、1枚目が問題、2枚目が解答・解説になります。丸つけのコツは「丸つけと声かけのコツ」もご覧ください。
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